2009年6月 のアーカイブ

30
6月
09

ホンジュラス・クーデター情報

現在戒厳令夜間外出禁止令が布かれているホンジュラス。軍は、テレビやラジオなどほとんどのメディアを閉鎖しており、放送を許されている放送局もメロドラマや料理番組を放送し、クーデターには一切触れていないそうだ。カラカスに拠点を置くニュース専門チャンネルのテレスールは、クーデター発生時から報道を続けていたが、ホンジュラスのアドリアーナ・シボリ特派員とカメラマン、そしてAP通信の記者3名が軍によって拘束された。特派員らは、ホテルにいたところを捕らえられ、その後、国際社会からの圧力を受けて解放された。(link)

ホンジュラスの首都テグシガルパでは、クーデターに反対する抗議行動が起こっているが、新華社通信によると29日の段階で死者2名、負傷者60名と報道している。

中米各国やALBA加盟国は、ホンジュラスとの外交関係を断ち、政治的、経済的制裁を始めた。(link)



Photos by Miguel Yuste, El Pais

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30
6月
09

ホンジュラスでクーデター

セラヤ大統領中米で2番目に貧しい国、ホンジュラス(人口750万人)で軍によるクーデターが起こった。6月28日には、セラヤ大統領主導で、制憲議会を設置するかどうかを問う国民投票を行なうかどうかを聞くための国民投票が予定されていた。この国民投票は、世論調査的なものでこの結果自体には法的拘束力はないが、しかし、反大統領派で占められる議会や最高裁判所はこの国民投票に反対していた。政治的対立が深まる中で迎えた投票日の早朝、軍は大統領官邸を襲い、大統領を亡命へと追い込んだ。軍はまた、ベネズエラとキューバの駐ホンジュラス大使へも暴行を加え、一時監禁していたが、のち解放された。また、ホンジュラス外相も暴行を受け、行方不明となっていたが、先ほどメキシコへ追放されていたことが分かった。軍や議会は、大統領が署名したとされる辞任文書(大統領自身はこれを否定)を議会で受理。そして議会の議長を大統領に選んだ。これに対して、ラテンアメリカ各国や米州機構(OAS)をはじめ、国連やEUなどの国際社会は、クーデターを非難し、これによってつくられた政権を認めないとしている。以下は、Venezuelanalysis.comに掲載された記事である。

(写真)マヌエル・セラヤ・ホンジュラス大統領

「北米帝国主義と極右がホンジュラスのクーデターの背後に、とチャベス」

21
6月
09

チャベスの社会主義論TVシリーズ

チャベス、社会主義論テレビシリーズを司会

Venezuelanalysis.comニュース(訳)
June 12th 2009, by James Suggett – Venezuelanalysis.com

2009年6月12日

木曜日夜、ベネズエラのウーゴ・チャベス大統領は週1回の大統領トーク番組『こんにちは大統領』の特集シリーズとなるものの第1回を司会した。これらの特集のねらいは、社会主義変革理論であり、日曜午後の放送の普段のテーマである時事問題の議論や政府計画の発表とは対照的である。

「革命理論がなければ革命はありえない」とチャベス氏は、メモを取る支持者の聴衆に語った。「科学、理論、方法は何でも構築するために重要である。」

教師のような口調で、コミューンは「我々が社会主義を産み出す空間」であるべきだとチャベス氏は述べた。組織された地元地域社会は、「コミューンの手に生産手段の所有権」を置くという目標を持って、これらのコミューンを形成するために率先してやらなければならない、とチャベス氏は語った。

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18
6月
09

ボリバルと「謎の未知の人物…」(3/3)

これが私が人びとに革命の警戒と用心するよう促す理由である。擁護者、代弁者であることを誇るもののあふれる屈折により同国人でさえ、我々の革命に参加していなくても苦しむ。最も遠いがしかし生きている原始キリスト教にそのルーツが染み込むキリスト教の理念である「自らの能力に応じて各々から、自らの窮状に応じて各々へ」という原則の下に平等をうちたて、実行するよう努力し続けることは我々にかかっている。

時間と歴史の経過は、現在の政治的、組織的、思想的成熟は、10年前と同じではない人びとの成熟過程があることを示している。今日、過去にはまったく存在しなかった共通で大衆のベネズエラ的感覚、そしてまた、永遠の連帯と自分たちのまち、教区、バリオ、そして歴史を組織し理解する方法がある。

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14
6月
09

ボリバルと「謎の未知の人物…」(2/3)

キリストは、私が言っているように、真の社会主義者思想家だった。そして更に重要なことは、キリストの最後の歌「すべてはかなえられる」まで一貫して社会主義の闘士であった。

ブラジョス・デ・アプレ機甲大隊中尉時代から私が持ち歩く古い百科事典から、当時(私を含め)陸軍の若い愛国的将校の小さなグループがボリバル運動の最初の細胞をつくり始めたとき、私は以下の文章を引き出した。

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