[ハイチ]国連兵士と学生が衝突

Outside Haiti’s National Palace, U.N. Troops’ Clash with Frustrated Students Spills into Camps

25May2010

ハイチの大統領府周辺で、国連兵士が不満を持つ学生と衝突し、キャンプへ広まる

文・写真/アンゼル・ハーツ (Mediahacker)

2010年5月25日-ポルトープランス(IPS)
目撃者によると、国連平和維持軍は、月曜日の夕刻、ハイチの大統領府周辺で、大学生による石を投げるデモに対して、催涙ガスの弾幕とゴム弾で応じ、大勢の避難中のハイチ人をテントキャンプから路上へ押し出した。

「あの子は、顔にひどいけがを負っていた。それは悲惨だった、彼らはそこらじゅうにガスを投げていた。」と夜に大統領府(いまだに1月の地震で一部が崩壊したままである)の外で友人らと集まっていた若い男性のジュニア・ジョエルは語った。

総合病院の救命室で活動していたNGOのパートナーズ・イン・ヘルスのボランティア医師らは、ゴム弾で負傷した人びとを少なくとも6人治療したと述べた。

「彼らは血を流していました。」とニューハンプシャーから来た医師のサラ・マクミランはIPSに語った。「顔に大きな裂傷を負った小さな女の子がいました。それにはおよそ10針必要でした。彼女には、おそらく傷が残るでしょう。」

女の子は退院し、記事の公開までにテントキャンプで見つけることはできなかった。

地震で少なくとも20万人が死亡し、壊れた住居から2百万人近くが放り出された後、大統領府周辺のチャンプス・ドゥ・マーズ区の公共広場に何千もの家族が密集している。

ハイチのクレオール語で「頭を一緒に」を意味するTet Koleと呼ばれる政治組織の連合体は、先月この地域でレネ・プレバル大統領の地震後の危機の処理をめぐって大統領の辞任を求める抗議デモを組織している。

学校の壁には、プレバルと国連を非難する落書きがされている。学生たちは、月曜午後にキャンパスの外にジープで駐在するブラジル平和維持軍に対して中指を立てたと語った。

怒って学生たちを泥棒や浮浪者と呼びながら、兵士らがキャンパスに入ろうとした時、学生らは石を浴びせた。兵士らが退散する際、空中にゴム弾を3発撃ち、そのうちの1発が学校正面の壁に当たったと学生らは述べた。

兵士らがより大きな車輌で戻ってきたとき、フランツ・マシュー・ジュニアは、トイレへ走って隠れたが、兵士らは薄い木製ドアを蹴り開けたと述べた。ジュニアは、地面に押し付けられ、繰り返し蹴られたと述べた。拘束中、彼はと語った。

学生らは、火曜日、IPSに木製ドアのひび割れや2階の窓のとなりの弾痕を見せた。彼らは、石を投げながら路上で怒りの抗議デモを行なった。

平和維持計画(略称MINUSTAH)の責任者であるエドモンド・ムレは、不特定の学生のパトロール従事者に対して石を投げる「挑発」を非難するが、その学生を捕まえるための大学構内への兵士の侵入に対して謝罪する声明を出した。

MINUSTAH報道官のデビッド・ウィムハーストは、国連軍は月曜日に銃弾も催涙ガスも発砲しなかったと述べた。規制が利かなくなった抗議行動を抑えるためにコショウスプレーとゴム弾だけ使ったと述べた。

CNN取材班は、銃声を聞き、催涙ガスのにおいを嗅ぎ、大統領府周辺地域でころがるガス弾筒を見つけた。周辺のテントキャンプの目撃者によると、国連兵士が月曜日の午後6時に催涙ガスでその地域を覆い、ゴム弾を発射したとという。

「あれほどのガスがあれば誰も周辺にはいたくないからみんな逃げた。」と24歳の4児の母であるジョセフ・マリー=アンゲはIPSに語った。「彼らは虐待的です。ここでガスを発射して、子どもたちや高齢者たちが倒れていて、みんなが影響を受けていました。」

抗議行動と渦巻いていたガスが消えた数時間後、レビータ・モンデシールは、3ヶ月の赤ん坊を抱えて総合病院の出口へ向かってとぼとぼと歩いていた。

「私たちは民俗学学校の反対側のプレイス・ぺチョンに住んでいます。」と彼女はIPSに語った。「学生たちが来て、そしてMINUSTAHがガスを散布しました。私がキャンプ地へ戻ったとき、みんな逃げ出していたので、私も逃げました。」

「私は子どもを覆うようにしようとしました、そして他の子どもたちへベッドの下にもぐるように言いました。」と彼女は続けた。「煙があって、子どもたちや人びとが倒れていました。私の赤ちゃんも反応しなくたっていて、死んだのではないかと心配しました。私は泣いていて、他の人たちが私を助けてくれて赤ちゃんを病院に連れて行きました。」

彼女は、バイクタクシーを捕まえて病院へ行き、次の日にレントゲン検査を受けるための予約券を受け取った。彼女の夫のティネス・クラーグは、もうここには住めないと述べた。「もうこれ以上チャンマスには住めない。」とIPSに語った。

反対派の抗議行動は、火曜日の午後、チャンマスで続いた。数多くの国連兵士とハイチ警察が大統領府をバリケードで囲んだ。デモ参加者たちは、当初の期限を越えて任期を延長し権力を維持しようとするプレバル大統領を非難した。議会は、延長を承認した。

一部の者たちはまた、100億ドル近い救援金の用途を割り振るハイチ暫定復興委員会に対して怒っている。プレバルはすべての決定に関して最終の拒否権を持っているが、委員会メンバーの多数は外国人である。

「もし彼らが抗議行動を抑えたいなら、なぜ彼らは学生たちがいる学校にガスを打ち込まなかったのですか?」と月曜日の夜にチャンマス地区から逃げ出した、ハイチの女性グループKOFAVIVを組織するマリア・ヴィラは疑問を呈した。「どうして彼らは、子どもたちや家族がいるキャンプの真ん中へ撃つことができるのですか?彼らは、国の安全のためにここにいると言うけれど、今や彼らがこんなことをするとき、政府はどうして彼らと活動できるのですか?」

「私たちはこれ以上我慢しつづけることはできません。私たちの反感を買っています。」と彼女は絶望してIPSに語った。

国連軍は、ジャン=ベルトラン・アリスティド・ハイチ大統領の追放後の2004年の活動開始以来、根強い虐待の告発で非難されている。

2008年と09年に起こった事件では、ハイチの目撃者は兵士らが見境なく武器を発砲し、市民を殺害あるいは負傷させたと述べた一方で、MINUSTAH暫定調査は、兵士の不正行為はなかったとした。

反対派グループによると、更なる政治デモが木曜日に計画されているという。

(5/26更新)あるブロガーは、群衆へ向かって国連装甲車が何発ものゴム弾を発射しているのを目撃したと述べている。CEPRは、私の記事についてブログで触れ、MINUSTAHのシテ・ソレイユへの襲撃に関する歴史的背景を付け加えた。そしてデビッドは、コメントで昨日の抗議行動はプレバル大統領に反対するだけでなく国連活動の責任者のエドモンド・ムレを非難したと付け加える。

(5/27更新)今日の国連記者会見で、月曜日の抗議行動に対するMINUSTASHの対応について、装甲車から発射されたゴム弾に関する目撃者の証言や顔面を撃たれた少女について触れながら、筆者はエドモンド・ムレに尋ねた。ムレは、「我々は、何が起こり、なぜこれら群衆整理過程あるいは武器が使われたのかについて調査している・・・。我々が調査していることは事実だ。それが起こったことは、事実だ。だから我々は、なぜ、そしてどのような状況下だったかを究明している。調査は開始されている。」と答えた。

国連報道官は後に、国連兵士によって催涙ガスは発射されなかったという月曜日の主張は正しくなかったと筆者に語った。事実、32個の催涙ガス筒、そして発光手榴弾が発射された。

原文記事URL: http://www.mediahacker.org/2010/05/outside-haitis-national-palace-u-n-troops-clash-with-frustrated-students-spills-into-camps/
translation by Caracas Café

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コメント / トラックバック2件 to “[ハイチ]国連兵士と学生が衝突”

  1. Thanks for translating.

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