転機のベネズエラ・ボリバル革命<3>

改定の初期の60%リードは急速に縮まり、チャベスはキャンペーンに集中し始め、「Aへの賛成票は私への票だ」と言って改定を彼の大統領任期の信任投票へと積極的に変えようとした。改定を細部に至るまで説明するには複雑すぎた、そしてキャンペーンで彼の個人人気を利用することは理にかなっていた。

しかし、チャベスは、民衆感情を読み間違え、ラウル・バドゥエル元防衛長官、チャベスの元妻マリサベル・ロドリゲス氏、社会民主政党のポデモスといったかつての盟友が全て改定反対にまわった。

政府の公的行政は、非効率的となっていたため民衆感情は更に悪化していた、そして多くのチャベス支持者は彼に知らせたかった。人権団体のプロベアが報告しているように、社会プログラム、地域保健計画、識字訓練、高校卒業資格修得、公共住宅、食糧助成金、土地改革、協同組合の設立を通した雇用、全て昨年悪化した。[注4]チャベス支持のベネズエラ貧困層は、過去4年間の社会プログラムとその財源の増加に感謝している一方で、[注5]彼らはこれらのプログラムが非効率的に運営されていることに失望と不満を感じている。[注6]10、11月には新鮮な牛乳を見つけることはほぼ不可能で、脱脂粉乳を見つけることが難しかったほど厳しい牛乳不足があったことは助けにならなかった。

推測では、しかしこれらの理由により、全てのチャベス支持者は改定に投票するはずであった。忠実なチャベス支持者の中に、更に大きな社会正義を持った社会をつくるという主な課題に取り組むことを改定の過程が助けてくれただろうという強固な意見がある。このために改定が必要だったかは不明だ、なぜなら改定の大部分は通常の法律制定をとおして実施できたであろうからだ。

多くのチャベス支持者たちは、反対派の改定の歪曲にやられた、そしてそうならなかった多くは、革命過程をより良く守るために、社会主義への移行を促進するためにチャベスの権力を強化する必要があるという彼の議論に同意しなかった。

(つづく)

[注4]
http://www.derechos.org.ve/publicaciones/infanual/2006_07/index.html

[注5]
社会福祉費は、1998年のGDP比8.2%から2005年には13.2%に増加した(資料:ベネズエラ計画発展省、http://www.sisov.mpd.gov.ve/home/index.php

[注6]
典型的な不満に関する資料は、以下の記事で見ることができる。”The wind goes out of the revolution,” The Economist, December 6, 2007.

記事URL:http://www.venezuelanalysis.com/analysis/3042
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