[ホンジュラス]軍事クーデターと社会変革(1/3)

これは、ホンジュラス人民抵抗戦線のメンバーで、政治組織「ロス・ネシオス」の政治編隊書記のヒルベルト・リオスの講演を翻訳し活字化したものである。講演は、2010年1月21日、マナグア[ニカラグアの首都]のカサ・ベン・リンデールで行なわれた。カサ・ビン・リンデールは、主に英語を話す国際主義者向けに週に1度の会合を主催している。

2010年1月21日
講演: ヒルベルト・リオス

私は、ニカラグアに1ヶ月住んでいる。現在、政治的迫害のため、100人以上の亡命ホンジュラス人がいる。国際メディアは、それについて全く何も載せていない。

ホンジュラスがこれに関わったことは異例で、なぜならホンジュラスは、ラテンアメリカの典型的な「優等生」であるからだ。ホンジュラスは、グアテマラのハコボ・アルベンスの転覆の時、80年代のニカラグアのコントラのため、米国のグレナダ島侵略の時に基地として貢献し、イラクへも派兵した。ホンジュラスは、最も政治的に二極化していないラテンアメリカの国であった。

左翼政党は、過去10年間、ホンジュラスの社会運動に参加している。セラヤは、右翼政党から2006年に権力の座に就き、彼の政権は社会運動を弾圧し始めた。セラヤはその時、国が1つの社会階級によって誘拐されていたことに気づいた。ホンジュラス経済の90%は、10の一族によって支配されている。これは、資本主義の下でさえ発展を妨げる。

セラヤは、権力の座に就くまでこれに気づかなかった。彼は、左派と会談し、これは旧左翼理論である新植民地主義だと言った。セラヤ自身でさえ、これを言ったことに驚いた。セラヤはそして、資本主義にではなく最も裕福な一族に損害を与えた社会発展を推し進め始めた。
彼は、ホンジュラスが国際貿易をするやり方を、特に石油において変えた。彼は、ベネズエラに対抗する異なる複数の民間ガス会社を持っていた、そしてベネズエラが勝った。これは、セラヤが権力の座に就いて2年目の時期に起こった。エクソンはその時、彼を訴えるつもりだとセラヤの執務室へ毎日電話し始めた。セラヤは、彼に対するクーデターはエクソンの支援を受けたと述べた。

セラヤをより左派へ変えたのは右翼だった。80年代の駐ホンジュラス米国大使のジョン・ネグロポンテは、交渉の窓口だった。彼は、エルサルバドルのコントラ戦争の調整役で、ホンジュラスで左派の成長を抑えた人物だった。彼は、ホンジュラスでのクーデター計画に責任を負う。彼は、CIAの一員であるロベルト・カルモナとともに2002年のベネズエラでのクーデター未遂に関与した。

米国経済にとって、ホンジュラスはどのような意味を持つのか?0.02%。しかし、ホンジュラス経済に米国はどのような意味を持つのか?80%以上だ。

ホセ・マルティは、買収する国が命令し、売却する国が奉仕すると述べていた。

セラヤの危険性は何だったのか?彼は左翼政策を採り始めた右派出身の大統領だったことだ。それは、他の大統領らが同じことをするのを誘発するかもしれない。それがセラヤの罪だった、しかし左翼政党にとって、彼の変節を信じるのは我々にとって困難だった。これは矛盾に聞こえるかもしれないが、左翼である我々にとって我々が持つセラヤの印象を変えることは難しかった。

今や、70年代、80年代にラテンアメリカでの戦争や社会運動に参加しなかった新しい世代の人びとがいる。私はそれをレーガン世代の現象、あるいは失われた世代と呼んでいる。ラテンアメリカでは、社会運動に関わる30才から45才の人びとを見つけるのは難しい。

それはまた機会でもある。新しい左派は、古い左派が持った同じ悪癖を持たない、彼らは単にマルクス主義の視点で見たりしない。ロス・ネシオスは、それを統一マルクス主義と名づけており、それは新しい世界を導き出すあらゆる異なった種類の視点を含む。

ホンジュラスで起こっていることを、我々は新しいラテンアメリカ革命と見ている、それは全く新しく、違うものだ。人びとにとって、知ることと貢献することは重要だ。それは反資本主義だが社会主義または共産主義社会の一端ではなく、新しく異なった社会である。

(つづく)

次回は、講演参加者との質疑応答部分を掲載予定。

Quotha.netより。
translation by Caracas Café

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