[ホンジュラス]軍事クーデターと社会変革(2/3)

ホンジュラス人民抵抗戦線のメンバーで、政治組織「ロス・ネシオス」の政治編隊書記のヒルベルト・リオスの講演のつづき。

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質疑応答

あなたは、ホンジュラスはラテンアメリカで最も二極化していない国だと言った。現在でもそれは当てはまるか?

政治的見地からいえば、そうだ。しかし思想的立場からすれば、そうではない。左派、中道、そして右派でさえ多くの人びとがクーデターに反対した。

クーデターは、最終的にホンジュラスの運動にプラスとなったか?

私の組織を例にとってみよう。我々は、1999年に設立し、メンバーが100人を超えたことはなかった。我和えは多くの取り組みをした、しかし100人以上になったことはなかった。クーデター後の現在、1000人以上のメンバーがいる。ホンジュラスでは、右翼が1000年以上権力を握ることができたかもしれない。今ではたぶん10年だけだろう。

米国大使館の連中は、軍事化するために抵抗運動へ武器の提供を申し出た。誰も我々が200日間平和行進できるとは考えなかった。死人を出さないための戦略だった。

クーデター前には、我々に骨はあったが、肉はなかった。今、我々には身体全体がある。

そんなに多くの「国外に出たリーダー」がいる状況は、ホンジュラスの運動に影響するか?

私は、本質的知識人だ。私は、運動のために革命理論を提示する。多くのテクノロジーがある今、私がどこにいようと関係ない。朝起きるとホンジュラスのラジオ局を聴き、テレビでニュースを見て、そして私はブラックベリーを含め4つの電話を持っている。

何がセラヤの役割となるか?

セラヤは、理論的問題となっている、なぜなら彼は左でも右でもないからだ。彼を共産主義者と非難できない。彼は今や難題となっている。新しい世界をつくるために我々がすべて組織されるとき、我々は同じ側にいなければならない。私は、自分自身をマルクス主義者、共産主義者と見なしている、そして今起こっていること、ラテンアメリカのために前例をつくっていることを肯定的に考えている。

あるドイツ人哲学者は、運動がすべてだ、結末はあまり関係ないと言った。ホンジュラスの多くの人びとを結集させている。6月28日以前には、政治的文化はなかった。今、それは毎日話題になる。

我々は常に我々の外に力を見つける、特に発達した先駆者がいるときに。人びとは、彼らの外に力を見つける。

エルサルバドルとニカラグアは、武装した歴史があるため、我々に対していつ武器を取るのかと問いかけた。この新しい社会闘争文化は、我々が武器を取らないと言っているのではなく、ただ単に我々が最も望むものではないという意味だ。

ハイチの状況への米国の関与において、私は信じられなかった、しかしそれを他人に言えば、狂っているとされる。
戦争を終結させたのはベトコンではなく、世論の変化だった。

政府は、社会の公益であるというプラトンを思い起こさせる。我々は、米国が間違っていると人びとが我々を狂っていると思っても言わなければならない。

国民党は、米国と同じ小説をつくるために1904年にホンジュラスで創設された。2つの政党でも、両方とも同じオリガルキーを代表する。
セラヤは、話すよりも聞いた唯一の大統領、だから私は彼にはこれを革命にすることができると思う。しかし彼ができなくても、運動自身が革命に変えることができる。

近年、これほどまでの国際連帯やこんなにたくさんの人びとを街頭で見たことがない。最終的に権力を持つのは人びとだ。キューバでは、カストロがいなくても独裁政権は終わっていただろう、そしてニカラグアではフォンセカ[サンディニスタ民族解放戦線創設者]なしでも独裁政権は終わった。

(つづく)

Quotha.netより。
translation by Caracas Café

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