[ボリビア]ナオミ・クライン:新しい気候運動

ボリビアの新しい気候運動

2010年4月27日
文/ナオミ・クライン
Source: The Nation

[ボリビア・コチャバンバ]午前11時、エボ・モラレスは、サッカースタジアムを巨大な教室に変え、一連の小道具を並べる。紙皿、プラスチックのコップ、使い捨て雨合羽、手作りひょうたん、木皿、多彩な色のポンチョ。すべては、気候変動とたたかうという彼の要点を説明するために集められた、「我々は先住民の価値を回復する必要がある。」

しかし富める国々は、これらの教訓を学ぶ興味はほとんどなく、その代わりに世界の平均気温を摂氏2度上げるベストな計画を推進している。「それは、アンデスとヒマラヤの氷河が溶けることを意味する。」とモラレスは、世界気候変動と母なる地球の権利人民会議の一環で、スタジアムに集まった何千もの人びとに語った。彼が触れなくても良かったことは、ボリビア国民は、彼らがどんなに持続可能な生き方を選ぶとしても、彼らの氷河を救う力を持っていないということだ。

ボリビアの気候サミットは、喜び、軽率、矛盾の瞬間があった。しかし、その足元では、救いようのなさに対する怒りというこの集会を引き起こした感情を感じることができる。

驚くことはほとんどない。ボリビアは、ドラマチックな政治的変化の真っ只中にあり、今までになかったほど主要産業を国有化し、先住民の声を引き上げている。しかしボリビアの最も差し迫って存在する危機(氷河が憂慮すべき速さで溶け、2つの主要都市での水供給を脅かしている事実)となると、ボリビア人たちは、彼ら自身の運命を自らの手で変えるためにできることは何もなく無力である。

それは、溶解を引き起こしている活動は、ボリビアではなく高度に産業化された国々の幹線道路や産業地域で起こっているからである。コペンハーゲンでは、ボリビアやツバルといった危機にさらされている国々の首脳は、惨事を回避し得る大幅な排出量削減のようなものを熱く訴えた。彼らは、北半球の政治的意思はそこには単純にないと丁寧に言われた。それだけでなく、アメリカ合衆国は、ボリビアのような小国が気候解決に参加する必要がなかったということを表明した。米国は、他の排出大国と非公開で取引交渉し、世界の他の国々はその結果を知らされ、署名に招かれる、それがまさにコペンハーゲン合意で起こったことである。ボリビアとエクアドルが合意にゴム印を押すことを拒否したとき、米国政府は、両国への気候支援を順に3百万ドルと2百万ドル削減した。「ただ乗り作業ではない。」と米国の気候交渉担当のジョナサン・パーシングは説明した。(南半球の活動家らがなぜ「気候支援」のアイデアを拒否し、代わりに「気候債務」の返済を要求しているか疑問に思っている人には、答えがここにある。)貧しければ、自らの生存を優先させる権利はないというパーシングのメッセージは、ぞっとした。

モラレスが「社会運動や母なる地球の守護者・・・科学者、学者、弁護士、政府」を新しいかたちの気候サミットのためにコチャバンバへ来るよう招待した時、それはこの無力さの経験に対する反乱であり、生存権を支える力の基礎を築く試みだった。

ボリビア政府は、自然は絶滅から生態系を守る与えられた権利である(「母なる地球の権利世界宣言」)、これらの権利や他の国際的環境に関する協定に違反するものは、法的責任を負う(「気候司法裁判所」)、貧困国は、その国が直面している危機について、それを作り出すのにはほとんど関係していない場合、多様な形の補償を受ける(「気候債務」)、これらのテーマについて世界の人びとが自らの意見を述べるための構造をを持つ(「気候変動に関する世界人民の住民投票」)という4つの大きな考えを提起して口火を切った。

次の段階は、詳細を徹底的に論議するために世界中の市民社会を招待することだった。17の作業部会が始められ、数週間のインターネットでの議論の後、彼らは、サミットの最後に最終提案を提出するというゴールを持ってコチャバンバで1週間会合した。その過程は、興味深いが完璧からは程遠かった(例えば、民主主義センターのジム・シュルツが指摘したように、作業部会は、明らかにどのように世界住民投票を実施するか議論するよりも資本主義を廃止するかの質問を付け加えるかについての論議により時間を割いた)。しかしボリビアの参加型民主主義への熱心な傾倒は、サミットの最も重要な貢献をよく証明するかもしれない。

それは、コペンハーゲンの大失敗の後、崩壊に導いた張本人は民主主義自身だったという 非常に危険なテーマが広がった。192の国に平等な投票権そ与えるという国連の過程は、単純に扱いにくすぎた。ジェームズ・ラブロックのような信頼されていた環境問題の代弁者でさえも犠牲になった。彼は、最近ガーディアン紙に対して「気候変動が戦争のように深刻な問題になるかもしれないという感じがする。」と語った。「少しの間、民主主義を保留する必要があるかもしれない。」しかし現実は、既に不適切な既存の合意を弱体化させ、我々の形勢を悪化させているのは(コペンハーゲン合意をごり押しした招待者だけのクラブのように)小さな集団である。対照的に、ボリビアがコペンハーゲンに提示した気候変動政策は、参加過程を通じて社会運動によって起草され、、その最終結果は今までのところ最も改革的で抜本的な展望だった。

コチャバンバサミットで、ボリビアは国内レベルで達成しているものを持ってきて、グローバル化しようとし、カンクーンでの次回国連気候会合を前に共同の気候基本方針を作成するのに参加するよう世界を招待している。ボリビア国連大使パブロ・ソロンの言葉を借りると、「悲劇から人類を救うことができる唯一のものは、世界的民主主義の行使である。」

もし彼が正しければ、ボリビアの過程は、我々の温暖化する惑星だけでなく我々の衰退する民主主義も救うかもしれない。まったく悪くない取り決めだ。

From: Z Net – The Spirit Of Resistance Lives
URL:http://www.zcommunications.org/a-new-climate-movement-in-bolivia-by-naomi-klein
translation by Caracas Café

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