ノーム・チョムスキー のアーカイブ

DAYS JAPAN

Posted in その他 with tags , on 2009/12/31 by CC

今年最後の記事では、世界でも数少ない報道写真の雑誌DAYS JAPANへの支援を訴えたい。

ラテンアメリカだけでなく世界を知るのに打ってつけの写真誌である。このブログでもたびたび紹介しているノーム・チョムスキー氏のコラムも毎号載っており、ラテンアメリカ関係で言えば、前回のDAYSフォトジャーナリズムコンテストには、コロンビアの反政府ゲリラの若い兵士たちを撮影した作品(ダミアン・フェルー/コロンビアELM(国民解放軍)の新兵たち)が入賞している。

個人的には、今の日本で誇れるものは本当に少ないと感じているが、DAYS JAPANは、日本が世界に誇れるジャーナリスト精神に満ちたすばらしい写真誌だと思う。

最悪の事態は回避できたようであるが、DAYS JAPANは今も「存続キャンペーン」を続けている。今、年間購読を申し込むと、1000円引きとなる。ぜひ、この機会に購読し支援していただきたい。

以下、広河隆一編集長の訴えより

2009年9月に決算を迎えたDAYS JAPANは、はじめて赤字を計上しました。
それは少ない額ではありませんでした。
赤字が予測されてきた7月末に、私たちはいくつかの手を打ちました。
印刷部数の削減、より安価な紙質の導入、倉庫費用切り詰めなどです。
これ以上の人件費の削減は困難と思われました。、
DAYSは他社に比べて、非常に少ない社員で運営しているからです。
そして多くのボランティアの人々の力を借りて発刊してきたのです。

全文を読む)

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The Nation: チャベス・インタビュー(1/4)

Posted in ホンジュラスクーデター, 対米関係, 中南米 with tags , , , , , , , , , , , , , , on 2009/10/09 by CC

やるべきことがたくさんある-ウーゴ・チャベス・インタビュー

2009年9月29日
グレッグ・グランディン
The Nation (ネーション)

3年前、ベネズエラのウーゴ・チャベス大統領は、国連総会の演説で当時のジョージ・W・ブッシュ米大統領を「悪魔」と呼んで、物議を醸した。「まだ硫黄のにおいがする」と、ブッシュが前日に演説を行なった同じ演壇へ立って彼は言った。チャベスは、再び国連の演壇へ米大統領の後に出てきたが、しかし今回彼は何か違った香りをかいだ-「希望のにおい」だ。以下のインタビュー(ニューヨークのベネズエラの国連使節で行なった)で、ウーゴ・チャベスは、バラク・オバマとの関係、そして米国にとって彼の当選が何を意味するか、さらにホンジュラスの危機、コロンビアでのペンタゴンの存在を拡大する計画、国内での成功と課題、そしてルイス・イナシオ・ルラ・ダ・シルバ・ブラジル大統領の遺産について語る。

グレッグ・グランディン: まず最初にホンジュラスの危機について聞かせてください。マヌエル・セラヤ(6月28日のクーデターで追放された大統領)は、秘密裏に帰国して現在テグシガルパのブラジル大使館にいます。次に何が起こりますか?クーデターを実行したものたちを話し合いの席に着かせるには何ができますか?

ウーゴ・チャベス: 次のステップが何であるか決めるのは私ではない。セラヤは、対話を呼びかけている。彼がブラジル大使館に入って最初にしたことがそれだった。クーデター首謀者らが、弾圧と死、テロで応じている。私は、このクーデターの残忍性が失敗に繋がると信じている。

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チョムスキー:中南米の軍事化

Posted in 軍事, 対米関係, 中南米 with tags , , , , , , , , on 2009/10/06 by CC

ラテンアメリカの軍事化

ノーム・チョムスキー
2009年9月13日
In These Times

ジョージ・ワシントンの言葉を借りると、アメリカ合衆国は「幼児期の帝国」として建国された。国家領土の征服は、大帝国の挑戦であった。当初から[西]半球の支配は、重要な目標であった。

ラテンアメリカは、米国の世界計画における最重要性を保持している。もし米国がラテンアメリカを支配できなければ、「世界の他地域で成功裏に秩序を実現すること」を期待できない、とワシントンがチリのサルバドール・アジェンデ政権の転覆を検討していた1971年、リチャード・M・ニクソン大統領の国家安全保障委員会は見た。

最近、西半球問題は緊張を高めている。南米は、独立の前提条件である統合へ向けて動いており、国際的つながりを広げ、悲しみと苦難の海に対する富裕の欧州化された少数派による伝統的支配という内部の第一の障害に取り組もうとしている。

問題は、1年前、多数派である先住民が自らの階層からエボ・モラレスという大統領を2005年に選んだ南米最貧国のボリビアで起こった。

2008年8月、解職請求の国民投票でのモラレスの勝利の後、米国に支援された特権階級の反対派は、暴力に訴え、30名ほどの政府支持者の殺りくにまで発展した。

それに対して、新しく設立されたばかりの南米共同体(UNASUR)は、首脳会議を召集した。参加国(南米のすべての国々)は、「委任統治が大多数によって批准されたエボ・モラレス大統領の合憲政府を全面的、断固支持」を宣言した。

「南米の歴史で初めて、我々の地域の国々が我々の問題をどのように解決するか、米国の存在なしに決定している」とモラレス氏は見た。

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チョムスキーのベネズエラ初訪問

Posted in 対米関係, 中南米 with tags , , , , , , , , , , on 2009/09/04 by CC

ベネズエラでノーム・チョムスキー、チャベスと会見

Venezuelanalysis.comニュース(訳)
August 28th 2009 by James Suggett – Venezuelanalysis.com
http://www.venezuelanalysis.com/news/4748

月曜日カラカスでノーム・チョムスキー教授(左)とウーゴ・チャベス大統領(ABN)

月曜日カラカスでノーム・チョムスキー教授(左)とウーゴ・チャベス大統領(ABN)

2009年8月28日
米国人作家で反体制の知識人、マサチューセッツ工科大学言語学教授のノーム・チョムスキー氏は、カラカスで初めてベネズエラのウーゴ・チャベス大統領と顔を合わせ、月曜日の全国放送されたフォーラムで[西]半球政治について分析した。

チョムスキー氏は、ベネズエラで米国帝国主義批評と昨今のベネズエラや他のラテンアメリカ諸国で進行している進歩的政治変革への支持で知られる。チャベス大統領は、演説で普段からチョムスキー氏を引用し、大々的にチョムスキー氏の2003年の著書『覇権か、生存か--アメリカの世界戦略と人類の未来』の推薦を宣伝した。

「覇権か生存か。我々は生存を選ぶ」とチャベス氏は、チョムスキー氏を歓迎する記者会見で述べた。大統領は、チョムスキー氏の主張を1900年代初頭のドイツ人社会主義者ローザ・ルクセンブルク氏の主張「社会主義か野蛮か」に比して、そしてチョムスキー氏を「偉大な平和擁護者の一人、より良い世界の偉大なパイオニアの一人」と呼んだ。

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ホンジュラス・クーデター、チョムスキー論文より

Posted in ホンジュラスクーデター, 中南米 with tags , , , , , , , , , on 2009/07/11 by CC

言語学者のノーム・チョムスキー・マサチューセッツ工科大教授が、7月10日に発表した小論『茶番のシーズン:2009年中期の自由と民主主義』の最後でホンジュラスのクーデターについて述べているのでその部分を紹介する。なお()内は筆者による注釈。

西半球はまた、(6)月末に選挙関連の犯罪を目撃した。ホンジュラスの軍事クーデターはマヌエル・セラヤ大統領を追放し、コスタリカへ追いやった。ラテンアメリカ問題のベテランアナリストで経済学者のマーク・ワイズブロット氏が述べたように、クーデターの社会的構造は、「労働組合と社会組織に支持された改革派大統領対最高裁判所や国会だけでなく大統領も選ぶことに慣れたマフィアのような麻薬漬けの堕落した特権階級」にはまる「ラテンアメリカの再発話」である。

主流な論評は、クーデターを何十年も前の悪しき日々への不幸な回帰として説明した。しかしそれは誤って捉えられている。これは過去10年間で3回目のクーデターであり、すべて「再発話」に従っている。2002年ベネズエラでの1度目は、ブッシュ政権によって支援されたが、しかし鋭いラテンアメリカの非難と大衆の反抗による選挙で選ばれた政府の復帰を受けて潰された。2004年ハイチでの2度目は、ハイチの伝統的虐待者であるフランスとアメリカによって行使された。選挙で選ばれたジャン=ベルトラン・アリスティド大統領は、中央アフリカへ誘拐され、(西)半球の主によってハイチから遠くへ置かれた。

ホンジュラス・クーデタで目新しいことは、アメリカが支持へ傾いていないことである。むしろ、アメリカは、隣国やその他のラテンアメリカ諸国とは異なり、他よりも抑えた非難で、行動もないけれども、クーデターに反対する米州機構側に付いた。フランスやスペイン、イタリア、そしてラテンアメリカ諸国がやったようには、域内では唯一アメリカが大使を召還していない。

ワシントンはクーデターの可能性について事前情報を持っており、防ごうとしたと報道された。それは、アメリカの援助に大きく依存しており、ワシントンによって武器を与えられ、訓練され、助言を受けている軍を持つホンジュラスで起こっていたことに近い情報をワシントンが持っていなかったという想像を超える。ホンジュラスがレーガンのニカラグアに対するテロ戦争の基地であった1980年代以来、軍事関係は特に密接である。

これが「再発話」の新たな章として進展するかどうかまだわからない, そして少なからずアメリカ合衆国内の対応手段にかかっている。

Season of Travesties: Freedom and Democracy in mid-2009より

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